大本の聖地

大本の聖地

大本には二つの聖地があります。

一つは、京都府綾部市にある「梅松苑(大本本部 綾部祭祀センター)」で、大本発祥の地であり「祭祀の中心地」です。

もう一つは、京都府亀岡市の亀山城跡にある「天恩郷(大本本部 亀岡宣教センター)」で、「宣教の中心地」です。

二つの聖地は、単に教団の本部であるというばかりでなく「山の裾野のよう」に豊かな自然と建物が調和した姿を呈しています。「天国」「霊国」を地上に移したかのような、まさに神苑と呼ぶにふさわしく、訪れる人を清々しい気持ちにさせます。

また、東京には「東光苑(大本東京本部 東京宣教センター)」があります。

梅松苑(大本本部 綾部祭祀センター)

大本の聖地「梅松苑(大本本部 綾部祭祀センター)」は大本発祥の地。京都市の北西80キロメートルにあります。

田園都市・綾部市の中心を流れる清流・由良川(和知川)のほとり、緑深い本宮山一帯を境内地とし、長生殿をはじめ数々の神殿が建ち並んでいます。

大本の発祥は、明治25(1892)年旧正月、京都府綾部市本宮の地において、国常立尊の神霊が艮の金神(うしとらのこんじん)の名により、出口なお開祖に神がかりし、三千世界の立替え立直し、みろく神世の実現を啓示したことに始まります。

また大本は、綾部市梅松苑(大本本部 綾部祭祀センター)、および亀岡市天恩郷(大本本部 亀岡宣教センター)を神業の根本聖地とし、梅松苑を祭祀の中心地、天恩郷を宣教の中心地としています。

梅松苑では、月次祭(毎月第1日曜日)や節分大祭、春秋の大祭、神前結婚式や病気(悩み事)の平癒祈願をはじめ、信徒の祖霊の祭祀(みたままつり)や各種祭典、大道場講座が開かれています。

天恩郷(大本本部 亀岡宣教センター)

亀岡市の天恩郷(大本本部 亀岡宣教センター)は、教祖・出口王仁三郎ゆかりの地で、京都市から西方20キロメートルの亀岡市の中央部にあり、緑にかこまれた大本の聖場です。

綾部市にある梅松苑(大本本部 綾部祭祀センター)が祭祀を中心とする聖場であるのに対し、天恩郷(大本本部 亀岡宣教センター)は神教宣布の聖場です。

そのため、大本大道場・愛善宣教部など大本宣教のための諸機関が設置されています。

天恩郷は、戦国時代の名将・明智光秀公の居城・旧亀山城址です。明治の廃藩置県後、幼少の出口王仁三郎は、よくこの城址で遊び、荒れ果てていく城跡を嘆き、いつか自らの手で再興したいという希望を胸に抱いていました。

大正8年(1919)、王仁三郎は荒れ果て顧みる者もなかった城跡を買いとり、信徒と共に整備をすすめ、石垣を再築し、大本の聖場を建設しました。

昭和10年(1935)第二次大本事件により、官憲の手で神殿・施設がことごとく破壊されましたが、昭和20年(1945)、事件が無罪解決。

再び再建に着手し、以降数多くの神殿・施設が建設され現在にいたっています。

天恩郷では、月次祭(毎月第1日曜日)や夏の瑞生大祭、その他神前結婚式や病気(悩み事)の平癒祈願をはじめ、各種祭典・研修会、年中無休の大道場講座等が開かれている。

東光苑(大本東京本部 東京宣教センター)

大本東京本部は、昭和43年(1968年)に開設され、三代教主が「東光苑」と命名。

東光苑(大本東京本部 東京宣教センター)では、月次祭(毎月第2日曜日)、神前結婚式、慰霊祭、病気平癒祈願祭等を執行しているほか、大本公開講座「出口なお 出口王仁三郎の世界を語る」、七草粥接待、各種研修会等を開催しています。

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